クレクレ君


「クレクレ君」
皆さんはこの言葉を聞いたことありますか?

「クレクレ君」とは、ネットスラングの一種ですね。
その言葉の通り人に求めてばかりの人のことを言います。

「ちょうだい!」

自分は人にはねだっていないから大丈夫!
いやいや!ものばかりでは無いんですよ。

「これってなんだっけ?」
「教えてよ!」
「やってよ!」

結構、気が付かないうちに周囲の人に依存していませんか?
自分にも当てはまる事はあるような気がします。
悔い改めないと。。。。

ここで思い出しました!
聖書の聖句で以下の様な言葉があります。

「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。 あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない。」(マタイ7章7節ー11節)

これだけを読むとこう思うかもしれません。

「神様は求めたらくれるの?
これだとクレクレ君は求めたらもらえちゃうんじゃないの?」

確かにここだけ読んだらそう思うのも無理ないですよね。

あなたが周りの家族や友人、好きな人達に何かをプレゼントするとします。
その時の心理はどんな感じですか?

「相手の人が嬉しく思ってくれるかな?」
「好きだから喜んでもらいたい!」
「これをあげたら、お返しになにをくれるのかな?」

心理はこんなところでしょうか?
最後の「これをあげたら、お返しになにをくれるのかな?」はちょっと不純な動機に感じるかもしれません。

でも子供の頃を思い出してみて下さい!
誕生日等にプレゼントをもらった時の事を

どんなプレゼントであっても
貰えばシンプルに嬉しい、、

という気持ちだったのではないでしょうか?

それが大人になってから色々な事を感じる様になります。
「これをもらったら、後でやりたくない事をやらなきゃならなくなるな。。。。」
「あんまり親しくもないのに、高価なものを贈られると、困っちゃうよ。お返しだってバカにならないし。。。」
プレゼント一つにも打算が混じったり、駆け引きを感じる様になってしまいます。

プレゼントの奥に感じる思惑が、シンプルに喜べない要因になってしまうのです。
特に大人になって色々と経験を積むほどそのようになってきますよね。

ではどうすれば「プレゼント」を純粋に喜べるようになるのでしょうか?

聖書の聖句で以下の言葉もあります。

「愛する者たちよ。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています」「愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。」(ヨハネ4章7節ー8節)

そうです。
これこそ答です。
そこに「愛」があれば「プレゼント」を純粋に喜べるようになるのです。

神様の言葉である
「求めなさい。そうすれば、与えられる。」
これは「愛」の事なのではないでしょうか? 

人間関係にしても仕事関係にしてもギブ&テイクの上に成り立ちます。
どちらか一方がテイクしてばかりだと、対等なつき合いができなくなるからです。
そして「愛」も一方通行ですと、喜べないですし続かないですよね?

「愛」もギブ&テイクであるべきなのです。

そうです!「クレクレ君」の様にテイクしてばかりですと、最終的には与えられなくなってしまうのです。

少しでも「クレクレ君」になっていると想う貴方。
まずは周囲に「愛」を「ギブ」していく事を心掛けてみませんか?
世界が「愛」に満たさせる世界になりますように!

「愛」に満ちた世界を巡ろう!
航空券とホテルを簡単にオンライン予約

サブコンテンツ

このページの先頭へ