真実の愛とは

こんにちは。
皆さんは愛について日々考えていらっしゃいますか?
女性の方々は愛の話になると目の色を変えて注目する方が多いと思います。
それに対して男性の方々は愛の話は退屈に感じてしまう傾向が高いのではと感じます。

でもこの日本では愛と言う文字だけでなく恋と言う文字を併せて恋愛と表現する事が多いです。
この様に日本では恋と愛が一緒くたにされて、違いが曖昧です。
では愛と恋の違いって何でしょうか?

愛と恋の違いって何でしょうか? より転載
◆「恋」の定義
「~してほしい」という願望や欲望に駆られて心が動くもの

◆「愛」の定義
「~してあげたい」という相手の立場になって物事を考える思いやりや慈善的な心

◆「恋」と「愛」の違い
恋→不安定。愛→安定。
恋は自己満足、愛は自己犠牲
恋は奪うもの。愛は与えるもの

*****転載終了*****
こうやってみると一緒くたにみていた恋愛が相反する性質を持っている事に気がつかれませんでしょうか?
これを男女で見比べるとどうでしょうか?

○男性の見方
◇限定されているのが「恋」、限定されていないのが「愛」
◇下心があるのが「恋」、真心があるのが「愛」

○女性の見方
◇ドキドキするのが「恋」、落ち着くのが「愛」
◇自分だけで楽しむのが「恋」、相手に捧げるのが「愛」
◇責任を負わないのが「恋」、負うのが「愛」

男女の感覚の差が如実に出ていますね。
ただ男女共通して愛の方が広い意味を占めている事が分かりますね。

また恋は結局ある意味、自己愛なのです。
自分がそうするのと同じぐらい、相手から大事にされることを期待している。
要は見返りを期待しているのです。

 それは結局、相手の瞳の奥に映る自分を
愛しているということなのです。

だから真実の愛は恋とは全く逆の生き方なのです。相手からの見返りを気にせずに奉仕する行為なのです。そして逆に恋的発想を消さねばなりません。

愛について最も多く書かれた書「聖書」には愛について以下の通り定義しています。
コリントの信徒への手紙一第13章4節から7節
「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。 不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える」

忍耐強い→人に対してすぐには腹を立てず、短気でなく、むしろ辛抱強く忍耐する。

情け深い→恩知らずなことに直面しても、優しく、良く、情け深くあるということです。

ねたまない→愛はねたまないのですから、愛があれば、私が喜ぶ時にあなたも喜び、私が苦しむ時にはあなたも共に苦しみます。

自慢せず高ぶらない→ヨハネの手紙一第4章8節はこう語ります。「愛することのない者は神を知りません。神は愛だからです。」 たとえ聖書の知識が豊富でも、愛がなければ神を知ることはありません。さらに、この知識が単なる知識のままで、愛を伴うことがなければ、その結果は高ぶり、思い上がることになり、それは愛とは正反対のものです。

礼を失っせず→不道徳や不適切な行為はしない。

ずらずらと書いてきましたが、愛を貫き通す事は越えねばならないハードルが沢山あります。真実の愛を成し遂げるためには、それだけ完璧な人になる必要があります。

ですが完璧に近くなれば貴方の人生はよりそれだけ充実したものへとなります。

どうかいずれは消えてしまう恋に執着せずに真実の愛を追求してみて下さい。

きっと貴方の人生が好転しますよ!

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